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2015年6月15日月曜日

特定機密保護法の成立によって、インテリジェンス情報や軍事情報は、官僚に独占されるこにとなる。なぜならば、適性評価に適合した者しか特定秘密を取り扱うことができなくなるからである。
適正評価とは、「特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこけらを漏らす恐れがないと認められた者」(同法第11条)しか特定秘密に触れることができなくする制度である。
一方、インテリジェンスの世界には「サード・パーティ・ルール」(第三者に関する約束)という掟があり、秘密情報を適用する場合、適性評価に適合した者以外とその情報を共有しないという掟である。
もしサード・パーティ・ルールに違反した場合には、外国のインテリジェンス期間かり機微に触れる情報はその後得られなくなる。
特定秘密保護法の規定では、総理を含む国務大臣、内閣官房副長官、内閣総理大臣補佐官、副大臣、大臣政務官らは、適性評価を受けなくても、特定秘密を取り扱うことができるとしている。
しかし、国際基準では適性評価を受けない者は特定秘密を取り使う資格を持たないので、諸外国から日本政府に提供された秘密情報は、適性評価を受けない総理、官房長官、外務大臣、防衛大臣が目にすることはできなくなる可能性がある。
特定秘密保護法が成立した結果、適性評価を通過したごく一部の官僚が、特定秘密を独占することになる。
特定秘密に該当する情報は、民意のチェックを受けない、国家権力を運営する官僚のものという帰結となる。
「国家安全保障会議(日本版NSC)」の設置により、日本は外交政策の選択肢として、戦争というカードを持てるようになり、それに伴い軍事秘密を保全する必要が生じることとなった。
大日本帝国憲法下では、1937年に抜本的に改正された軍機保護法で軍事技術面の情報、1941年に制定された国防保安法で軍事政策に関する情報を保全す体制を作った。
特定秘密保護法は、この戦前の軍機保護法と国防保安法を合わせた昨日を果たすことになる。
イギリスには、人権保護に関する近代的な成文法はない。
そもそもイギリスには、成文憲法すらないのである。
目に見えない憲法があって、必要な時にそれが判例として出てくるという考え方なのである。
イギリスという国は、エリートが支配してもか構わないという国で、その代わり、戦争になったらエリートが一番先に行く。
だから、外交は下々に触らせないで、国家機密があるのは当たり前という感覚の国なのである。
日本版NSC(国家安全保障会議)とは、日本が戦争に参加するか否かについての政治意思決定をする機関」である。
今の日本で進められているのは、憲法9条を改正せずとも、事実上、戦争を可能にする「国家再編」である。
日本には憲法第9条があり、交戦権を放棄しているので戦争はしないことになっている。
だから戦争について決める機関が無かった。今までは、攻めて来られた時にだけ反撃するという事だったので、主体的に判断しなくても良かったのである。
軍隊を指揮する最高の権力である「統帥権」を日本版NSC(国家安全保障会議)が持つことになる。
戦争を想定する以上、それに対応した法律も必要となる。
旧憲法下では「国防安保法」があったが、それに相当するのが「特定秘密保護法」となる。
この特定秘密保護法の主たる適用対象は、防衛官僚、自衛隊員、防衛産業関係者、外務官僚であり、関係者の人物調査と行動確認・摘発を行うのは警察・検察となる。
特定機密保護法を巧みに運用することで、警察の力が飛躍的に強化され、旧憲法下の内務省のような状態になりうる。
北朝鮮の貿易で大きいのは、「トンネル堀り技術」の輸出である。
以前、りびぅのカダフィが逃げ出した時に、ゴルフのカートで移動できる地下室のトンネルの映像があったが、このトンネルは北朝鮮製だった。
シリアで化学兵器を隠しているのがバレなかったのは、北朝鮮の技術で、地下に物凄いトンネルを掘っていたからだった。
独裁国家の連中に、都合の悪いモノを隠す、逃げて姿を隠す時の為の地価の豪華な家を作るというのが、北朝鮮の重要な輸出産品になっている。
ワイマール憲法に代わるナチス憲法など存在しない。
ナチスが成立させたのは、ドイツ国会がヒトラー政府に立法権を委譲した「全権委任法」である。
ヒトラーが自分の判断で勝手に法律を作ることにして、憲法をいつでも乗り越えることができるようにしのである。
つまり、形としては「ワイマール憲法」は生きていた。
憲法を変えない形で国のあり方を完全に変えて、戦争ができるような体制にした例として、ナチスがあるのである。
麻生太郎発言を聞いて「日本は憲法改正はやらずに、実質的に戦争ができるような体制に変えようとしているのか」という深読みをしている人達が世界には出てきている。
集団的自衛権問題には、2つのトラウマが関わっている。
「安倍晋三首相のトラウマ」と「外務官僚のトラウマ」である。
1960年に日米安全保障条約改訂に乗り出した時、安倍首相の祖父である岸信介首相は「アメリカは日本を防衛する。日本の自衛隊も海外に派遣してアメリカを守る」という双務性を担保し、アメリカと対等の関係を目指した。
しかし、アメリカはそれを認めず、片務関係のままとなった。
つまり、日本はアメリカに対する共同防衛の責任を負わず、その代わりに米軍に基地を貸し、経費の一部を負担する仕組みになった。
その結果、岸首相は自らの政治信念を貫けなかったばかりか、不本意な条約を締結したために首相の座を去る事を余儀なくされた。
この岸首相のトラウマを孫の安倍首相は受け継いでいる。
そして1990年の湾岸戦争の際に、130億ドルともそれ以上とも言われるカネを供出したにもかかわらず、アメリカからもクウェートからも監視ゃされなかった、外務官僚の屈辱を経験した。
以後、外務省は「自衛官の紛争地帯への派遣を実現しなければ、日本は国際社会のプレイヤーにはなれない」という強烈なトラウマを抱えることになった。
今回の集団自衛権の行使容認は、この2つのトラウマが組み合わさった結果生まれた、一種の「心の問題」なのである。
しかし、公明党の対応により、実質的には「これまで個別的自衛権と呼ばれていた領域の一部を、集団的自衛権と呼び直すことにした」という、以前と変わらない状況が続いている。
これ以上は憲法改正が必要となり、これまでのような「なし崩し」ができなくなった分、閣議決定を踏み越えない限り、むしろ政府は自衛隊派遣がやり辛くなったと言える。