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2015年10月11日日曜日

西武グループにとって、1964年開業の東京プリンスホテルが本格的な大型輪輝の一号店となる。
当時、東京オリンピックを控え、ホテル不足解消のため、吉田茂から堤康次郎が要請を受けて建設された。
本来ならばホテル建設が認められない風致地区内ら特別許可を受けて建てたが、隣接する増上寺との間で歴史的墓地の歯かいや土地境界をめぐる紛争を発生させている。
そこは元々、増上寺の土地を挟んで、両側が徳川家の所有地だったが、明治になってから廃仏稀釈政策によって、増上寺の土地が全て国に召し上げられ、後に返還されるという経過をたどっている。
その為、増上寺と徳川家、国有地が入り乱れ、境界線も曖昧になっていた。
しかも、敗戦後の混乱期には、徳川家の土地に引揚げ社者や戦災で家を失った人達が不法にバラックを立てて住んでいた。
堤康次郎は、揉め事を抱えている物件に目を付け、買い叩いて手に入れるのが常套手段としており、この増上寺の物件も手に入れた後、不法占拠していた人達を追い払った。
これに対して、東京都は風致地区を「掃除してくれた」として感謝したという。
しかも、ホテル本体を建設する際に、14代将軍・家茂の正室「皇女和宮」も含む徳川家の墓所の移設を待たずに勝手に壊して、増上寺との間で紛争を起こしている。
それも、お彼岸の中日に断行したという。
日本において、都市ホテルがビジネスになるようになったのは、1963年に開業した東京ヒルトンホテルからと言われている。
システムが従来の月単位から日単位となり、予算即決算となった事で、旅館からホテル経営に進化した。
ヒルトンを誘致したのは東急で、1950年代に日産コンツェルンの鮎川義介が五島慶太に話を持ち込んみ、東急が持っていた赤坂の星ケ岡茶寮の場所にホテルを建てて、ヒルトンに業務運営を委託するという契約で誘致した。
五島昇は、ヒルトン創立者のコンラッド・ヒルトンのホテルビジネスに関心が強く、自ら訳した『ホテル王ヒルトン』という本まで出版している。
このヒルトン流の近代的ホテル経営を学ぶことで、東急ホテルズは運営されてきた。

ホテル王ヒルトン (1959年) (時事新書)

堤康次郎が手掛けた西武グループの特徴は、徹底した過少資本経営だった。
経営資金の大半を間接金融に依存していた為、西武鉄道の資本金は極端に小さく、2004年の上場廃止時の資本金は217億円に過ぎなかった。
これにより品薄株としての性格を保つことで、株式市場における高株価を継続させていた。
キュレーション不在のレビューサイトは魅力が無くなってきている。
「食ベログ」のランキングは、キュレーションとして作用しておらず、くだらないレビューと星で、それを立証しており、全く役に立たない。
Amazonのレビューも殆ど参考にならず、星の意味が全く分からない。
例えば「星1つ」の酷いレビューが書かれているのを見ると、明らかにその本を読んでもいない人が書いている。
「この本の表紙が黄色なのが気に食わないから星1つにしました」とか、全然意味が分からないレビューが相当ある。
クオリティの低い、素人の書評ほど無意味なものはない。
本好きの人は、結構な確率で紙の本を買う。
だから電子書籍はいまいち盛り上がらない。
結局、電子書籍は、本を読む人しか読まないし、前提として本好きの人以外は電子書籍を買わないからである。
Amazonランキングの「歌謡曲・演歌」部門で の 売れ筋ランキング1位の『成り上がり How to be BIG―矢沢永吉激論集』の構成を担当しているのは、糸井重里氏であり面白くないわけがない。
この本を出してのは、矢沢永吉が28歳の頃だが、彼は既に独自のスタイルを確立させており、決して舞い上がらず、自分の目標に向かってストイックに努力する姿が書かれ、誰もが引き込まれる。
矢沢のファンでなくても「矢沢ワールド」に吸い寄せられていまう。

収監されると、部屋に置いてある『被収容者の手引き』を読めば、刑務所でどんなことをするか知る事ができる。
ただ、この内容だけでは物足りない。
ホリエモンは佐藤優氏から、『逐条解説 刑事収容施設法 改訂版』を読むように勧められ、為になったという。
この本は、これから刑務所に入る人にとって、そのルールを知るマストな1冊となる。
刑務所のルールにも、表ルールと裏ルールがある。
例えば「発信」、つまり外に手紙を出す行為については、「刑事収容施設法」という表ルールがあり、受刑者の優遇区分で下に位置する五類の場合、月4回まで、三類と四類は月5回まで、二類になると月7回の発信ができるとされている。
そして、月に1度の発信日が設けられ、便箋は官が指定したもの7枚まで、1枚あたりの文字数は法律では「400字以上を認める」となっている。
つまり最低400字といいうことになっており、枚数は上限が設定されているのに、なぜか文字数では1枚あたりの下限が設定されているのである。
更に刑務所毎にローカルルールがあり、長野刑務所では「400字程度にしろ」となっている。
ホリエモンは、なるべく多く発信したかったらしく、最初は1枚に1200字くらい書いたら、「字が小さいぞ」と怒られ、次回から「600から800字」にしたら、黙認されてという。

逐条解説 刑事収容施設法 改訂版 (有斐閣コンメンタール)