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2016年1月16日土曜日

特別会計予算の歳出総額は、2013年度予算で386兆円、
会計間相互の重複計上がくを除いた純計額は185兆円である。
これに対して一般会計の規模は96兆円だから、その2倍にあたる規模になる。
特会のうち大口のものは、国債償還費等が84兆円、社会保障給付費が58兆円、地方交付税交付金等が20兆円、財政融資資金への繰り入れが12兆円と、桁違いに大きな額となっている。
この特会が存在することで、税と対価関係の不明瞭さも歳出入予算制度の複雑さに乗じて、財政の全体像が極めて不透明なものになっている。
日本国憲法は30条において、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う」と規定している。
勤労、教育、納税は国民の三大義務と、中学校で学ぶ。
しかし、憲法で納税を義務として規定している国は世界でも珍しい。
かつての帝国憲法の踏襲と考えられるが、この文言は親憲法制定を審議する国会による修正で、わざわざ入れられたことを知っておくべきである。
健忘は、基本的人権を定める部分と統治の気候を定める部分の2つに分かれるが、本来、国民の基本的な権利を規定するはずの憲法の基本的人権の部分において、「国民の義務」として納税の義務が明文化されているのは奇異といわざるを得ない。
更に、国民の権利を守るべき租税法律主義の規定は憲法84条だが、これは統治の機構の部分に収められており、条文の位置取りとしてもおかしい。
源泉徴収制度と年末調整のおかげで、日本人の大多数は納税に伴う煩雑な手続きを免れていて、課税当局との接触を持たなくてよいメリットはある。
しかし、確定申告の手間が省けるメリットと引き替えに納税者としての権利意識を失っている。
1970年12月24日に、最高裁判所第一小法廷は、次の判決を下している。
1.源泉徴収義務者の源泉徴収義務は、法律によって定められた源泉徴収義務者の固有の義務である。
2.国と源泉徴収義務者との間には、権利義務という法律関係が生じるが、これは公法上の法律関係である。
3.源泉徴収義務者が間に入る場合、国と納税義務者(税を実際に負担する担税者)との間には、直接の法律関係は存在しない。
4.したがって、納税義務者(担税者)において、源泉徴収の課税法律関係で何らかの紛争が生じたとしても、国との間では法律上の関係はないのであるから、納税義務者(担税者)は国を相手に訴えを提起することはできない。
5.納税義務者(担税者)と源泉徴収義務者は相互に相手との間で訴訟を提起することができるだけであり、その場合の納税義務者(担税者)と源泉徴収義務者の間は、私法上の関係であって公法上の法律関係ではない。
要するに「税金に関して何か不服があるなら会社と雇い主に文句を言え。国に文句を言うな」ということである。
この最高裁の判例は、1992年2月18日の最高裁判決で一層強化され、現在も判例法理論として有効となっている。

2016年1月15日金曜日

ビル・ゲイツと、ウォーレン・バフェットの2人の個人資産の合計額は、アメリカ国民の所得の低い順に4割の人々の所得合計にほぼ等しいという。
この数は、およそ1億2000万人になる。

2016年1月13日水曜日

ネットの世界では、「韓国叩き」「マスコミ叩き」「愛国的発言」を書けば、多数のアクセスを稼ぎ、ネットの支持の声を得られる事が分かっている。
これらの思想を持っている人が多いというのではなく、ネット上ではこの思想を持っている人が絶大なる影響力を持っている。
彼らがどんな人種かという定義は難しいが、1日に何回も2ちゃんねるやツイッターで同じ書き込みができる時間がある事を考えると、共通点は「暇人」だという事になる。
自民党は「自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC)」というボランティア団体を公認しており、会員数は1万5千人以上となっている。
また、自民党は2013年の参院選の前に、ガイアックス社のソーシャルメディア投稿監視サービスを導入している。
これは、参院選候補者の持つソーシャルアカウントに対するちゅうしょうデマ、荒らし行為を監視し、コメント削除などの対応をするものである。
今の政治は政策の優劣ではなく、メディア戦略の優劣で政党の支持が決まってしまう傾向にある。
ソーシャルメディアの悪い面に、言論が固定化してしまう事が挙げられる。
ツイッターは共感する人をフォローする仕組みであり、何かニュースがあった時に世間とは全然違うタイムラインとなってしまう。
この10年くらいでネットは自分にとって気持ちのいい情報が効率よく入ってくるという流れに変わってしまっている。
世間的には本当はマイノリティなのに、自分が多数派のように錯覚してしまう危険性がある。
多数派だと思い込んでしまうと勇気が湧いてきて、多数派の自分達の意見を報道しないメディアはおかしいという考えになってしまう。
ソーシャルメディアは、自分で「世間」を構築できてしまうサービスなのである。