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2016年5月30日月曜日

フィリピンの法律で定められたメイドの最低賃金は、マニラ首都圏では1ヶ月2500ペソ(日本円で6750円)である。
日本では、特別養護老人ホームでは100人待ちが当たり前の時代となった。
全国の入居待機者数は、2014年現在、52万4千人に上り、うち入所の必要性が高い要介護4、5に該当する高齢者は8万7千人だった。
日本の警察庁によると、認知症が原因で行方不明になったと警察に届け出があったのは、統計を取り始めた2012年が9607人、2013年かせ10322人と、1万人を超えた。
大半は1週間以内に発見されて自宅等に戻ってきているが、2012年には359人、2013年には388人の死亡が確認されており、認知症行方不明者の問題は深刻化している。
東京都北区の桐ヶ丘都営団地では、家賃が7500円から2万円で、生活保護を需給するなど経済的に秘儀志位65歳以上の高齢者7千人超が暮らしている。
この一帯を管轄する高齢者あんしんセンターでは、この7千人に対してセンターの人員は6人しか配置されておらず、1人で千人以上の高齢者の対応を強いられているという。
1日の電話相談件数は100件を超え、電話は一日中鳴りっぱなしだという。
日本の高齢社会の行く末を見る事ができる。
太平洋戦争中に、フィリピンでは日本兵51万8千人が戦死し、フィリピンの民間人は111万人もが日米両軍の戦闘に巻き込まれて死亡している。
中でもレイテ島は激戦地として知られ、日本兵が8万人も戦死している。
フィリピンでは、「雪」を言葉で表現する時に「niyebe(ニエベ)」という単語が使用されが、これはスペイン語が語源となっており、公用語となっているタガログ語を語源といする「雪」を表す単語は存在しない。
フィリピンでは年間平均気温が27度と、雪が降らないことが理由と考えられる。
フィリピンで永住に必要な主なビザは、特別居住退職者ビザと結婚ビザの2種類で、退職者ビザは35歳以上の外国人であれば原則、誰でも取得できる。
指定の銀行口座に収める定期預金額は、年齢によって異なるが、1万から5万米ドルでよく、マレーシアやタイと比べて安く済む。
フィリピンで退職者ビザの制度が始まったのは1987年で、マルコス独裁政権を民衆の力で崩壊させた翌年のことである。
1988年には日本人5人が退職者ビザを取得しており、その後は毎年数十人単位で増え続け、2000年に初めて年間100人を突破し、2006年には200人を超え、2014年には退職者ビザを取得した日本人の総数が3020人となっている。