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2017年3月7日火曜日

国際法的に戦争が終結するためには、平和条約を締結するか、合意文書で戦争の終結を宣言しなくてはならない。
日本は1945年8月15日に終戦を表明し、同9月2日に降伏文書に署名した。これで戦闘行為は終結したが、国際法的な戦争状態は続いていた。
米英など西側主要国との戦争状態は、1951年9月8日に署名されたサンフランシスコ平和条約によって終結した。
平和条約は翌1952年4月28日に発効し、国際法的にはこの日に日本が主権を回復し、連合国の大多数との戦争状態から脱したことになる。
一方、ソ連はサンフランシスコ平和条約に署名しなかった。
従って、1956年10月19日に当時の鳩山一郎首相とブルガーニン・ソ連首相が署名した、戦争状態の終結を明記した「日ソ共同宣言」が同12月12日に発効するまで、国際法的には戦争状態であったことになる。
北朝鮮の工作員がイスラム国の自称首都のラッカに出没しているという情報がインテリジェンス関係者の間で流れているという。
北朝鮮は、地下秘密基地を造る土木技術に秀でており、イスラム国は、米軍の偵察衛星、無人飛行機からの空爆から逃れる本格的な施設を必要としている。
北朝鮮は、過去にもシリアやリビアで地価秘密基地を造った実績がある。
ISと北朝鮮はイデオロギーは異なるが、米国とその同盟閣に対する敵対行動については利益を共有している。
2016年5月6~9日にかけて、北朝鮮の平壌で朝鮮労働党第7回大会が行われた。
全開の第6回大会が開催されたのは、36年前であり、北朝鮮建国の父である金日成が主催した最期の党大会だった。
第6回大会で、金日成は全社会の主体思想化を提唱し、当時存在していたソ連・東欧諸国などの社会主義国が掲げていたマルクス・レーニン主義とは、一線を画したイデオロギーで北朝鮮を統治する方針を明確にした。
さらに金日成の息子の金正日が政治局常務委員に選ばれ、共産主義国としては異例の世襲体制の道筋がつけられた。
しかし、朝鮮労働党の最高指導機関である党大会は、1980年の第6回大会以前は、4年ごと、以降は5年後とに招集することと党規約で定められていたが、実際には46年8月、48年3月、56年4月、61年9月、70年11月、80年10月の6回しか開催されなかった。
金日成が非常事態だから党規約の規定を完全に適用することはできないとの理由で、党大会を開催しなかったと思われる。
1991年7月に金日成が死亡し、権力が金正日に移行した後、国家において占める朝鮮労働党の地位は形骸化させ、軍隊を重視する「先軍政治」を打ち出し、国家体制の軍事化を推し進めた。
2011年に金正日が死亡し、金正恩が権力を継承し、第7回大会で金正恩は従来の金日成主義を「金日成・金正日主義」に改め、その解釈権を自分が独占することを考えている。
かつてもスターリンが独裁体制を構築するにあたって、マルクス主義を「マルクス・レーニン主義」と改めて、その解釈権を独占した事例に似ている。
また、従来、金正恩は朝鮮労働党第一書記だった。
これは故金正日労働党総書記が永遠の指導者であり、自分はその下の第一書記に留まるという遺訓政治の継承を示す者だった。
今回の第7回党大会で規約が改正され、朝鮮労働党委員長というポストが新設され、金正恩が就任した。
これは1949年に南北朝鮮労働党が合同し、朝鮮労働党が結成された時に金日成が就いた役職が朝鮮労働党委員長であり、金正恩が祖父と対等であることが可視化された。
日本政府でインテリジェンスを担当する内閣情報調査室、公安調査庁、警視庁、外務省、防衛所などは、様々な手段で中国に関する情報を入手している。
その中で、中国に訪問する人達からの事情聴取も重要な字を右方収集手段となっている。
そこで聞いた内容は法古書にされ、極秘の印を押して、限定された関係者に配布される。
放した本人は重要事項でないと思っている事柄の中に、情報のプロから見れば重要な情報が含まれている場合もある。
日本では一般書店で売られている『国会要覧』で国会議員の情報や、各省庁のWebサイトで組織の構成図や幹部名簿を簡単に入手できるが、中国ではこれらの情報が掲載された便覧は秘密文書に指定されている。
中国では、公安(警察)や国家安全部(インテリジェンス機関)は、容疑者を長期間拘束することができる。
拘束期間中は、当局の宿泊施設に監視付きで留め置かれ、監獄よりはかなり条件はましだという。
しかし、外部と連絡を取ることも認められず、その後、容疑が固まると逮捕され、監獄に送られてしまう。
中国で、スバイ容疑で拘束、逮捕された場合、取り調べの様子が報じられることはまずない。
国際法上、外交官には自国民を保護する義務がある。
大使館での担当は領事部になるが、領事担当の外交官が面会を養成しても、中国当局は妨害をして、十分な面会の機会を保障せず、裁判も非公開裁判となる。
被告人の利益を体現してくれる弁護士がつくこともない。
つまり、中国でスバイ容疑をかけられたら、「ブラックボックス」に入れられたような状態になってしまう。
「ヒュミント(協力者の確保と運営)は、すべてのインテリジェンス機関にとってパンとバターのように必要不可欠なものだ。
紺に津においても、二本足の人間による情報に代替できる、技術、その他の情報はない」
by エフライム・ハレビー(元モサド長官)
<イスラム教とカリフ制>
ムハンマド(~632年)
初代カルフ(632~634年) アブー・バルク
第2代カリフ(634~644年) ウマル
第3代カリフ(644~656年) ウスマーン
第4代カリフ(656~661年) アリー
ムハンマドは後継者指名をしなかったため、第4代カリフのアリーが暗殺されると、その後継を巡って宗派が分立した。
<スンナ派>
スンナ派はムハンマドが伝えた慣習「スンナ」に従う者を意味する。
アブー・バルク以後、合議で選ばれた代々のカリフを正統だと考える。
世界の9割を占めるイスラム教徒の多数派で、「イスラム国」もこの流れをくむ。
<シーア派>
初代から3代のカリフを認めず、ムハンマドの娘であるファーティマの夫になったアリーとその子孫こそカリフと考える。
全イスラム教徒の1割の少数派だが、イランでは国教となっている。