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2015年11月3日火曜日

「1人の死は悲劇だ。しかし100万人の死は統計上の数字に過ぎない」とヨシフ・スターリンは言ったが、問題は大きくなればなるほど、人々の関心は小さくするのである。
物事を統計的に、数字の問題として捉えた途端に、私達の感情のスイッチは切れてしまい、思考が止まってしまう。
アメリカでは、同時多発テロ事件が起こった2001年9月11日を境に、しばらくの間、交通死亡事故の件数が増加したという。
飛行機は車よりも統計的に安全であるにも関わらず、人々は感情的になり、その結果、車という比較の上では飛行機より危険な交通手段を選んだ為に、事故が増えたのである。
ちなみにアメリカでは、毎年交通事故が劇的に増加する日がある。
それは確定申告の日で、納税のストレスが高まり、毎年交通事故が急増するという。
浜田省吾の代表的な反戦歌に『八月の歌』がある。
浜田は広島出身の被爆二世で、彼は呉の高校に通っていた。
呉は広島、長崎に次いで、日本で3番目に被爆者が多い町で、広島に原爆が投下された時に、呉から多くの人が救助に向かい被爆した。
その為、戦争に対する嫌悪感や平和への思いが強い町である。

八月の歌 浜田省吾

連合軍は、戦後に日本の戦犯をA級、B級、C級に分類し、極東国際軍事裁判で裁いた。
A級戦犯は、侵略戦争を計画し、実行した平和に対する罪。
B級戦犯は、病院を攻撃するなど国際法の交戦法規違反。
C級戦犯は、捕虜や一般人の殺害・虐待など人道に対する罪・
戦争責任者が罰せられたA級戦犯のうち死刑判決は7人で、上官の命令で行動した現場の兵士が多かったB、C級戦犯は実に約1000人が死刑判決を受けている。
日本の真珠湾攻撃は、宣戦布告の通知が遅れた為、米国は卑怯なだまし討ちと批判した。
宣戦布告はワシントンの日本大使館からアメリカに伝えられたが、攻撃開始から1時間後のことだった。
ワシントンの日本大使館では、前日に駐米大使館員の転勤に伴う歓送会をしていて、日本から暗号電文が届いているのは分かっていたが、英訳するのに時間がかかってしまったという。
日本は当然、宣戦布告後に奇襲攻撃をする予定で作戦を計画していた。
天動説は古代ローマの天文学者プトレマイオスが唱え、1400年間信じられてきた。
それに対して、ポーランドの天文学者コペルニクスは、地球が他の惑星とともに太陽の周りを回っているとする地動説を唱えたが、カトリック教会に配慮して死ぬ間際まで発表しなかった。
聖書では地球は宇宙の中心にあり、天は神が創った変わらぬものと教えられていたので、地動説はキリスト教の教義に反していたからである。
1600年に地動説を擁護したジョルダーノ・ブルーノは異端とされ、火炙りの刑に処せられた。
望遠鏡を持参して科学的にカトリック教会に地動説を説明したガリレオ・ガリレイは、異端審問にかけられ、「今後、聖書に反する地動説を支持してはならない」と言い渡される。
この時にガリレイが「それでも地球は回っている」と言ったと伝えられているが、最近の研究では、どうやら弟子が後から付け加えた話というのが有力だという。
異端審問で有罪となったガリレオは、軟禁状態で晩年を送る事になり、1642年に78歳でこの世を去る。
ガリレオはカトリックの世界では、ずっと異端児扱いされ、カトリック教会が彼を許したのは、ガリレオの死後350年経ってからだった。
1965年にローマ教皇のパウロ6世がガリレオ裁判に言及した事が発端となり見直しが始まり、1992年にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がガリレオ裁判が誤りだった事を正式に認め謝罪した。