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2017年9月6日水曜日

マイクロソフトの株を、「Windows95」が発売された1995年に買っていれば、2000年までの5年間で資産は14倍になっていた。
サラリーマンの給与体系では、例え実現したとしても、ミリオネアの夢は、退職金を受け取る65才まで待たねばならない。
もっと早く経済的独立を達成するためには、近道を見つける必要がある。
欧米や日本のように豊かな社会では、特別な才能などなくても、勤勉と倹約、共稼ぎだけで、誰でも億万長者になって経済的独立というゴールに達成できる。
これは一見素晴らしいことに思えるが、極めて残酷な事実でもある。
努力だけてお金持ちになれるならば、貧乏は社会制度の矛盾や市場原理主義によってもたらされるのではなく、自己責任になってしまうからである。
FRBの消費金融調査によると、アメリカでは資産100万ドル以上の世帯数が2004年に900万世帯を超えている。
1995年には400万世帯弱だったので、わずか10年でミリオネア世帯の数は2倍以上に増えたことになる。
アメリカの総世帯数1億1000万世帯に対してミリオネア世帯の比率は8%と、およそ12世帯に1世帯が億万長者である。
日本も同様で、クレディ・スイスが2013年10月に発表した世界の富裕層ランキングによると、純資産100万ドル以上を持つ日本の富裕層は270万人、人口比2.1%と、アメリカの1320万人、人口比4.3%に次いで第2位となっている。
ちなみに1ドル80円だった2012年には日本の富裕層は360万人もいた。
日本の世帯数は5200万世帯だから、世帯主がミリオネアだとすると、億万長者世帯の比率は7%となり、14世帯に1世帯とアメリカの比率に似てくる。
人類の歴史を1人あたりの所得から俯瞰すると、1800年当時のヨーロッパの平均的な生活水準は、紀元前1世紀のギリシア・ローマ時代はもちろん、10万年前の旧石器時代と比べても殆ど豊かになっていない。
所得以外の指標でも、1800年当時の平均寿命は30〜35歳で、狩猟採集の時代に比べて長くなっている訳でもない。
栄養状態を示す平均身長は旧石器時代の方が1800年当時よりも高かったという。
つまり、人類の生活は10万年の歴史を経ても向上するどこらか、より過酷になってたのである。
ところが18世紀にイギリスで始まった産業革命によって状況は一変し、技術の進歩が生産性の向上をもたらし、人々の所得を大きく伸ばした。
先進諸国の所得水準は、わずか200年で1800年当時の10〜20倍に達している。
1冊あたりの販売部数が減ってしまった事で、著者の収入も減っていく。
現在では、純文学な専門書だけでなくエンターテイメント系の小説でも初刷3000部は珍しくなく、本体価格1500円で印税率10%とすると、印税額は45万円にしかならない。
年間4冊を出したとしても、年収は180万円にしかならず、居酒屋のアルバイトをした方がマシ、というのが現状となっている。
出版物の販売額は1990年の8660億円から1995年の1兆470億円まで5年間てま20%増えたが、この間に新刊発行点数は4万点から5万8000点へと45%も増加している。
販売額は1996年にピークを迎えた後に右肩下がりになっていくが、新刊発行点数は2001年には7万点を超えている。
それに伴い返品率も90年代半ばまでは35%程度だったのが、1998年には40%まで上昇している。
出版社は以前よりも少部数の本をたくさん出版するが、その6割しか売れていない。
その結果、2016年の出版市場は書籍・雑誌合わせて1兆4700億円まで落ち込み、ピーク時の1996年の2兆6560億円に比べて45%も小さくなり、1980年の市場規模まで縮小している。
出版流通の慣行において、本の返品率が上昇すると問題が起こることになる。
取次にとって1万部の適正な返品率が20%だとすると、結果として返品率が30%になった場合、適正返品率を確保する為に、次回の納品数を8750部に減数されることになる。
これで前回と同じく実売7000部ならば返品率が20%に収まるからである。
同様に返品率40%(実売6000部)なら次回の納品数は7500部(6000部÷実売率80%)、返品率50%(実売5000部)なら6250部(5000部÷実売率80%)になる。
仮に定価1000円の本で、取次への納品数が6000部になると、売上は600万円、仮払金は420万円(6000部×✖️仮払率70%)にしかならない。
もともとは1万部分の仮払金として700万円を受け取っていたので、返品率の上昇によって入金額が4割も減ることとなり、資金繰りに窮してきまう。
出版社がこの苦境を乗り切る為には、6000部の本をもう1冊作ることになる。
価格と部数が同じだとしとも、これだけで取次から受け取れる仮払金は840万円となり資金繰りは改善する。
このようなカラクリの結果、近年、出版点数が増えているのである。
出版流通の取次が出版社に無利子融資をするという商習慣は、出版社の自転車操業という弊害を生み出した。
出版社は定価1000円の本を1万部、取次に納品すると出版社の取り分が70%だと、700万円の仮払金を受け取ることができる。
本の返品率が20%とすると、取次からすると140万円が過払いとなってしまう。
ところが出版社は、この140万円を現金で取次に返済する必要は無い。
翌月も1000円の本を1万部納品すれば、140万円分の無利子融資が受けられるからである。
つまり、新刊本を担保に融資を借り換えていくのである。
出版社にとって、売上を維持できている限り、最初の140万円の過払い金は何もしないで得られる利益「シニョリッジ」(貴族の特権)となる。
出版流通の仕組みを簡単に説明すると、次のようになる。
本体価格1000円の本を1万部出版したとすると、再販制度で本の価格は固定させているので、小売価格の変動を考慮する必要はなく、1000万円の売上を計上できる。
この1000万円を出版社70%、書店25%、取次5%で分け合うことになっていたとする。
本は出版された部数全てが売れる訳ではなく、一部は書店から返品されてくる。
返品率が20%なら800万円となる。
ところが、「大手」「老舗」といわれる一部の出版社は、返品率を考慮せず、本を納品した翌月に仮売上1000万円に対する取り分を一括して受け取とる。
売れなくても出版社の取り分が70%ならば、出版社の銀行口座に700万円が振り込まれてくるのである。
その後、6ヶ月ほどすると書店から本が返品されてき、返品率が20%ならば取次は出版社に仮払い700万円の20%となる140万円を余分に支払っていることになるので、本来ならば返済が必要となる。
この構図を金融取引として考えると、出版社は取次から前払いを受けた上に、140万円を無利子で借りて資金繰りに充てていることになり、銀行融資に比べて法外に有利な取引である。
こうした有利な慣行が続いているのは、取次が非上場企業で、株式の大半を大手出版社が保有しているからである。
この慣行が理不尽なものであっても、取次は株主の意向に逆らって慣行を変更することが許されない。
しかし、こうした取次に不利な取引条件を、全ての出版社に認めていては取次は経営破綻してしまうので、新たに契約を結ぶ出版社は、仮払率が引き下げられ、支払期日も先伸ばされていく。
更に「歩戻し」といって、予想される返品分を仮払いから差し引くという事も始まっている。
このように、出版流通では、老舗出版社と新興出版社で取次の取引条件に大きな格差がある。
これは出版社の業績によって決まるのではなく、当初の契約が既得権となっている。
出版業界は、再販制度によって国家の保護下に競争が制限されている。