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2016年5月27日金曜日

バブル崩壊の引き金を引いたと言われる大蔵省の総量規制(銀行に対して不動産融資を抑えろという行政指導)について、当時の大蔵大臣・橋本龍太郎は「銀行経営の独自性が求められていて、これまでのように銀行指導は難しくなっている。日銀にも規制の強制はできないんだ。だから固定資産税を思いっきり税金で取ったらいい」と当時の自民党税制調査会会長だった塩川正十郎氏に言ったという。
そこで、発案されたのが土地を買ったら税金を取るという「地価税」だった。
最初は法人だけを対象にしようとしていたが、所有権が個人のものも多くあったので、法人・個人同等とされた。
課税対象は1000平方メートル以上、税率は薄くすると大枠が決まった。
地価税法が可決されたのは、翌1991年4月で、前年の大枠決定後に、地価税課税の方針を発表した時点で、バブルは弾けて、既に土地ブームは収まっており、地価税の導入がバブル終焉の決定打となって、結果的にトドメを刺してまった。
この地価税は1992年から1997年まで課税された後、正常な土地取引に戻ったという事で、現在は課税が停止されている。
しかし法律は生きているので、再び土地の不当なバブルが発生した時には、速やかにこの税を宣告して抑制が可能な状態となっている。
IMFが12年ほど前に人口減少の問題をテーマに論文を発表している。
それによると、2050年の日本は人口が14%減少して、経常収支はGDP比で2.5%赤字が増え、経済成長は0.8%ダウンすると予測されている。
これが3.11東日本大震災で10年ほど早まって、2040年には人口、経常収支、経済成長率が上記の数字になると言われている。
つまり長期的には円安になる。
プラザ合意により、急激な円高となった結果、新日本製鉄は毎日3億円の赤字となったという。
ピーク時1973年の生産量4100万トンから、2400万トンに生産量を落としても利益を出す体質に切り替える為に、13基あった高炉を一気に5基(広畑、堺、釜石、室蘭、八幡)減らし、要員2万人削減を決定した。
そして、北九州の八幡製鉄所の遊休地にスペースワールドを開業し、介護付きホーム、大豆たんばく、洋ラン、マッシュルーム栽培から魚の養殖まで、多角化経営によりリストラした従業員の雇用を創出した。
アメリカでノート型パソコンの製造までしていた。
雇用を創出しても新規事業の収益は低く、従業員の給料は3割程度になってしまい、差額の7割は新日鐵が負担した。
その補助金だけで、年間900億円になったこともあったという。
従業員はに53歳から協力会社に転職させ、転職先の給料が65%に下がるので、その差額を特別退職金として退職時に上乗せし、60歳定年まで新日鐵で務めていたのと同じ生涯所得を保障したという。
新日鐵は高度成長期の株の持ち合いによる含み益を半分以上吐き出して、これらに充てたという。
近代日本は、ほぼ40年ごとに転機を迎えている。
まず明治維新(1868年)から40年間は脱亜入欧を掲げ、必死に先進国に追いつこうとし、軍艦を買い1905年には日露戦争をやってのけた。
その後帝国主義に陥り、戦争に突入する。
日露戦争に勝ってから太平洋戦争で1945年に敗戦を迎えるまでが、ちょうど40年である。
次の40年は日本の発展期で、前半の20年は10%の高度成長、後半はニクソンショック(1971)年、オイルショック(1973年、1979年)があり、4.5%の安定成長となった。
このように1985年までの40年間の成長期が続いた後は、5年間のバブルがあり、そのバブルが崩壊してから今日まで、日本経済は殆ど成長せずに成長率は平均1%以下の横這いとなっている。
田中角栄内閣が列島改造構想を打ち出した翌年の1973年にオイルショックが起こり、物価と地価が高騰し、列島改造を進めるための基本条件が変わってしまい、田中内閣は列島改造構想を断念せざるを得なくなった。
その経緯には政治的ストーリーがあった。
オイルショック下での予算編成の最中に、愛知一揆大蔵大臣が突然亡くなり、悩んだ挙句に田中総理は、政敵の福田赳夫に後任を打診する。
福田赳夫から「列島改造構想を止めるなら、蔵相を引き受ける」と返事をされ、田中総理は一日考えて、福田の要求を呑むこととなった。
そうしてインフレ克服のために総需要抑制策が取られ、公共事業予算が圧縮されて、列島改造構想は挫折したのである。
しかし、その後年、米国から日本は輸出依存ではなく内需振興しろと言われ、政策の柱になったのが、道路、港湾の整備計画などの公共事業投資で、そのベースになったのが列島改造の考えだった分けでり、田中角栄の哲学は現在のアベノミクスでも生き続けているのである。
田中角栄内閣が発足する1ヶ月前の1972年6月に出版された『日本列島改造論』は、一部地域に集中した工業の再配置、都市改造と「新25万人都市」の整備、これらの地域を結ぶ全国的なネットワーク整備により、経済の活力を日本列島全域に展開するという内容だった。
この本の出版は、田中角栄が通産大臣に就任して半年後に、通産省出身秘書官だった小長啓一氏に、国土開発・都市問題に関する自分なりの政策案の集大成を論文にしたいという相談がきっかけだったという。
この相談を受け、堺屋太一氏を含めた若手通産官僚、日刊工業新聞社の記者十数人が参加して、6~7時間のレクチャーを4回開き、全体の骨子を小長啓一氏がまとめ、執筆は各章ごとに担当分けをして、最終的に小長氏が文体を統一してまとめたという。
4回のレクチャーを全て聞いたのは小坂氏と早坂茂三氏だけだった。
はしがきと結びは田中角栄自身が書いたという。
執筆作業時は、総裁選は意識しておらず、田中角栄からも「1年ぐらいかけて仕上げてくればいい」と言われていたのが、総裁選挙の3、4ヶ月前に田中派幹部の二階堂進氏から突然呼び出され、「田中さん、今度の総裁選挙で総裁候補になるだろうから、間に合う良いに用意してくれ」と言われ、慌てて休日返上で仕上げた結果、総裁選出馬のマニフェストとなった。
この本がベストセラーになって、田中角栄が「じゃあ、俺も読んでみようかな」と言ったという笑い話もあるが、小長氏から本の構成や趣旨は田中に逐一説明していたので、細目を読んでみようという事だったようである。

ユーロ成立の前提には、第二次大戦の反省から、ドイツとフランスが手打ちをして、政治はフランスに任せ、ドイツはヨーロッパをそのまま強い経済力で陰から支えるというのが、暗黙の了解だった。
ところが、ギリシャの財政問題で経済力の強さを背景にしたドイツが、政治にも前面に出てきてしまった。
つまりドイツが反発を招いているのは、この暗黙の了解を破ったからなのである。
ユーロは裏にかつて米ドルに次ぐ強い国際通貨だったドイツマルクがあるので価値がある。
その強いマルクを捨てて、ドイツがユーロを支えているという背景を信頼しているのである。
ちなみにドイツは1990年の東西ドイツ統一によって、経済がガタガタになり「欧州の病人」と言われたが、1999年にマルクより信頼度の低い、安いユーロの導入により、事実上の通貨安政策を取る事で輸出力が大幅に伸び、急激に経済を回復させた。
日本は世界の中でも長寿企業が他の国に比べて、桁一つ多い。
百年企業は2万社あり、江戸時代から続く二百年企業では3千社あるという。
ちなみにドイツでは百年企業は1500社しかない。
日本の企業は、欧米の利益追求とは別の目標の下で発展したきたので、長寿企業には心得や遺訓が存在し、組織を存続させることを目標に置いた考え方が定着している。
近江商人の心得「三方よし」、つまり「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」で、みんなが満足できる商売を心がけるべし、というのは貴重な知恵である。
2010年以降、日本でも1億円を超える取締役の年間報酬を開示するようになったが、日産のカルロス・ゴーン氏の10億円をトップに、従業員と経営者の年収格差は、ドンドン開いてきている。
アメリカでは1970年代くらいまでは、従業員とトップの年収比率は1対20くらいだったが、現在は平均で1対500まで差が開いている。
役員報酬の公開が、報酬額ほ上げるほうに作用していったようである。
同規模の会社でもっと貰っている経営者がいる事を理由に、競うように経営者自らが自分の報酬を上げていったのである。
日本でも役員年収公開が、きっかけでアメリカと同様になる可能性がある。
2001年のエンロン事件後、アメリカではSOX法ができ、財務の専門知識を持った社外取締役が経営を監視することが求められるようになった。
それ以来、社外取締役が会社経営にプラスの効果を持つという研究報告が出ているが、本当に社外取締役の効果なのか、法的規制の効果なのか、景気が回復して会社の業績が好転したのか、よく分かっていない。
逆に、社外取締役の数を増やすと経営が悪くなるという研究結果も多く存在する。
委員会等設置会社とは、経営者自身の倫理ではなく、社外取締役に監視を任せる仕組みである。
自分を任命してくれた社長に悪い事は言えず、経営者は忠実義務違反で訴えられても、社外取締役に責任を転嫁では、社外取締役の方は、社内事情を知らなかったという言い逃れができる仕組みなのである。
結局は、お手盛りで役員報酬をいくらでも上げられる構造になってしまう。
この事を証明する例として、ソニーはずっと収益が上がらず赤字を続けていたのに、2005年に社長に就任したストリンガー氏の報酬は上がり続け、2012年期では4500億円の赤字にもかかわらず、役員報酬は8億円を貰っていた。
また、かつてアメリカン航空の経営陣が、業績悪化を理由に従業員の給与を340億円カットして、それを実績に200億円分をボーナスにしようとした事もある。
2011年に発覚したオリンパス事件では、バブル時の損失を歴代の社長が20年近くにわたって隠し続けていた。
この事件は日本的経営の象徴で、組織を守る為の不正だった。
興味深いのは、告発したイギリス人社長のマイケル・ウッドフォードは、前経営者たちが当然私服を肥やしていたと思って告発したのだが、そうではなかった事に驚いていたという。
アメリカのエンロン事件のように経営者が自分だけ得をするスキャンダルとは違い、日本の場合はカネボウ、東芝のように、組織防衛のために不正を働く事が多く、スキャンダルの中身がだいぶ異なる。
資本主義経済は基本的に「信用」によって成り立っている。
身近な「信用」ではクレジットカードがあり、日本もカード社会になりつつある。
しかしまだ中国ではクレジットカードは普及しておらず、中国人が日本で爆買いで使っている「銀聯(ギンレン)カード」は、デビットカードである。
日本で銀聯カードを使った瞬間に、その人の中国の銀行口座から現金が引き落とされている。
つまり銀行口座に現金が無い人は、銀聯カードは使用できない。
中国では「信用」で成り立つ資本主義経済が、まだ十分に育っていないのである。