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2017年3月13日月曜日

東西冷戦が起きた要因の一つに「ソ連が資源大国だった」ということがある。
ソ連は、石油、天然ガス、石炭などのエネルギー資源、鉄鉱石、金、銅、ニッケル、水銀、アルミニウムなどの鉱物資源の殆どが産出される。
ソ連は冷戦中、石油産出量で度々、サウジアラビアを抜いて世界一となっていた。ちなみに現在はロシアは世界2位の産油国である。
塔やう諸国はソ連から資源の供給を受け、共産主義圏内で自給自足が可能だったのである。
アメリカ国務省は、独ソ戦開始直後に、対応策を協議し、24時間にもわたる協議の結果、「ソ連の宗教否定主義や共産党独裁主義は断じて容認できないが、ヒトラーが勝利する方が更に危険である」という理由から、ソ連の支援を表明し、ソ連への武器支援を開始した。
アメリカはソ連に対し、113億ドル分の武器を無償で提供している。
軍用機1万5000機、戦車7000輌、軍用自動車40万台という膨大なものであった。
アメリカは第二次世界大戦後すぐに、ヨーロッパ諸国に対して、莫大な経済援助を行っている。
発案者の国務長官ジョージ・マーシャルにちなんで「マーシャル・プラン」と呼ばれる復興計画である。
マーシャル・プランで、1948年から1951年にかけてアメリカは西側諸国に102億6000万ドルを援助している。そのうち90億ドルは返済不要だった。
ちなみに、90億ドルは、当時のアメリカの年間予算の2割に相当する額である。
アメリカの第二次世界大戦終結時の輸出は160億ドルな達しており、輸入はその半分しかなく、大幅な貿易黒字となっていた。
この貿易の大半の相手は、西側諸国でありドルが殆ど枯渇していており、アメリカからこれ以上輸入することか不可能な状態になっていた。
もし、西側諸国のアメリカからの輸入が止まれば、アメリカ経済もダメージを受けてしまうため、西側諸国にドルを供給するという計算があった。
現代の感覚では石油といえば中東だが、中東で大規模油田が発見されたのは、第二次世界大戦前後だった。
世界で最初の大規模油田は、1859年にアメリカ・ペンシルバニアで発見されている。
第一次世界大戦では、世界一の産油国はアメリカであり、連合国側の石油の殆どをアメリカが賄った。
アメリカは第二次世界大戦前後も、世界の石油輸出の6割を占めていた。
現在のアメリカは世界で3番目に広い国土を持っているが、独立当初の国土は13州に過ぎず、面積では現在の4分の1程度しかなかった。
独立から20年後の1803年にフランスからルイジアナを購入し、1819年にはスペインからフロリダを校にゆうしている。
原住民からもオハイオ、インディアナ、イリノイをうまく言いくるめて土地を巻き上げている。
1845年にはメキシコと戦争をして勝利し、メキシコ領だったテキサス州を併合し、カリフォルニアとニューメキシコまで手に入れた。
この時点で現在のアメリカの国土の形が出来上がった。
イギリスは工業生産において、19世紀後半にはアメリカに抜かれ、20世紀初頭にはドイツに抜かれているが、世界の金融の中心であり続けたことにより、世界経済の覇者として君臨し続けた。
1816年にイギリスは金本位制を導入し、1821年にはポンドと金を自由に兌換することを世界に向けて保証した。
ケインズの分析によると、1822年から第一次世界大戦直前の1913年までの90年間、イギリスの物価はプラスマイナス30%を超えることがなかったという。
イギリスでは1693年に国債に関する法律が制定されたが、厳密な意味での「国債」は、これが世界で最初だとされている。
それまでも国王が借金をすることは有ったが、国債という正式な金融債を発行したのは、世界で初めてだった。
またイギリスは1694年に、中央銀行であるイングランド銀行を作り、イギリス政府の国債を引き受ける代わりに、同額の銀行券を発行する権利を持っていた。
つまり、イングランド銀行はイギリス政府に対してお金を貸すためにつくられた銀行だった。
しかも、イングランド銀行の資本金120万ポンドは民間から公募されたので、民間の資金を集めて借入窓口を一本化した上で、国債を購入させたのである。
ライバルのフランスが5~6%の利子で借金をしていた時に、イギリスはイングランド銀行のおかげで3%程度の利子で資金を調達できた。
大航海時代の主役はスペイン、ポルトガル、オランダであり、イギリスは後進国だった。
そんな中、イギリスの海賊がスペインやポルトガルの輸送船を遅い、財宝や貴重な産品を次々と強奪していた。
イギリス王室は、この海賊船団に目を付け、王室が建造した船を与えて、国家事業としての海賊航海を始めた。
その最たるものが海賊ドレイクの航海である。
海賊ドレイクは、マゼランに次いで世界一周を行い、スペインの無敵艦隊を破った事で知られる。
元々は普通の海賊だったが、エリザベス女王に見込まれて、国家プロジェクト的に海賊行為を行い、イギリス海軍を任され、海軍提督にまでなった。
ドレイクはイギリスに60万ポンドをもたらし、エリザベス女王にはその半分の30万ポンドを得ている。
当時のイギリスの国家予算が20万ポンド程度であり、その1.5倍の収入を得たのである。
エリザベス女王はこの収益により、債務を全て返済し、残金を地中海貿易に投資したという。