労働力は、「消費」と「休息」でしか蓄えられない。
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2017年10月18日水曜日
2016年に公開されたアニメ映画『君の名は。』が大ヒットして話題になった。
公開以来の興業収入は2016年12月5日現在で、200億円を突破し、『もののけ姫』を抜き、日本映画の歴代2位となった。
動員数は1500万人を超えたという。
公開以来の興業収入は2016年12月5日現在で、200億円を突破し、『もののけ姫』を抜き、日本映画の歴代2位となった。
動員数は1500万人を超えたという。
しかし、マスメディアがブームを煽る一方で、日本中がお祭り騒ぎになっているわけでもない、不思議な現象である。
1500万人の中身には、おそらく一人で繰り返し映画館に通った人が含まれるというのが、ブームの実像だと思われる。
要するに、その世界に深く深くハマって、遠路はるばる「聖地巡り」に出かけたりするグループが存在する一方で、知らない人は「なにそれ」という構造になってるのである。
要するに、その世界に深く深くハマって、遠路はるばる「聖地巡り」に出かけたりするグループが存在する一方で、知らない人は「なにそれ」という構造になってるのである。
SNSの爆発的普及に伴い、付き合ってもいないのに接近欲求を募らせるケースが増加しているという。
アイドルのサイトを見に行ったのがきっかけで、ストーカー化した末に事件を起こしてしまうケースは典型的である。
ネットがきっかけのストーキングが発生する経緯は、普通のやり取りをしているうちに、加害者の側が一対一で相対という欲求を募らせて、その旨をほのめかす。
ここで、被害者がキッパリ拒絶すべきところを、往々にして曖昧に対応をしてしまう。
ここで、被害者がキッパリ拒絶すべきところを、往々にして曖昧に対応をしてしまう。
そうすると加害者は「あれ、断られなかった」と認識するようになり、そこから贈り物を送ったり、個人のメールアドレスを欲しがったりという行動が始まっていく。
全く面識がないにも関わらず、もう付き合っているかのように、脳が把握してしまう。
全く面識がないにも関わらず、もう付き合っているかのように、脳が把握してしまう。
満たされぬ欲求などをノートに書く「ノート療法」という心理療法があり、書くだけで安心して忘れる事ができる。
しかし、これをFacebookでやってしまうと、「相手が読んでくれているかもしれない」と脳が把握するので、「出力」となり、書き込むと同時にドーパミンが出て、接近欲求が暴走してしまうことになる。
今の35歳以下の年代は、「嫉妬」というテーマよりも「自己愛」の話の方が関心が高いという。
自分より遥かに高い人を目標にして、そこまで行きたい、という願望をあまり抱かなくなっている。
代わりに歪んだ自己愛、羨望の方向にシフトしているのかもしれない。
代わりに歪んだ自己愛、羨望の方向にシフトしているのかもしれない。
社会の成長に対する諦め感かせ大きく影響している事は否定できず、彼ら自身の成長に対する諦めとパラレルになっている。
若い人の多くが「自分は伸びしろがない」と思い込んでいる。
「中の下」には絶対落ちたくはないけれど、上には行けないことも分かっている、という感じの若者が多い。
「中の下」には絶対落ちたくはないけれど、上には行けないことも分かっている、という感じの若者が多い。
彼らは「努力は才能」とよく言う。
つまり、最初から「努力は無理、無駄」だと思っている。
つまり、最初から「努力は無理、無駄」だと思っている。
今の若者たちは、自己実現をしたいと思っていない。
「自己実現したい社会がどこにあるの?」という意識でいる。
そんなことよりも「仲間」に認められていることの方が、彼らにとってはよほど大事なのである。
「自己実現したい社会がどこにあるの?」という意識でいる。
そんなことよりも「仲間」に認められていることの方が、彼らにとってはよほど大事なのである。
自己実現を喪失し、承認欲求、しかもバーチャルな承認欲求が肥大化していく。
そのステージで、いびつな自己愛が温存されて増殖しているのである。
そのステージで、いびつな自己愛が温存されて増殖しているのである。
かつてアメリカの大学に行く日本人留学生の失敗といえば、入学して遊び呆けたり、学力不足だったりで、結局卒業できなかったというのが殆どだったのだが、今や事情が大きく変わっている。
授業料が高騰して、難関大学に合格してもそれかせ支払えずに、入学自体を断念せざるをえないケースが増加しているのだという。
年間授業料が2100ドル程度だったコミュニティカレッジの授業料が、今や9000ドル、ハーバード大学になると3万ドルから7万5000ドルとなってしまっている。
授業料高騰の理由は、リーマンショック以降、大学の債券運用が上手くいかなくなったのに加えて、卒業生からの寄付も激減したからである。
従来と同じ教育水準を保つためには、授業料を値上げするしかないという。
従来と同じ教育水準を保つためには、授業料を値上げするしかないという。
深刻な影響を受けているのは、留学生よりもアメリカ人である。
例えば投資銀行に勤める世帯収入4000万円の20~30代の夫婦が子づくりを断念するというケースが増えているのだという。
理由は、ハーバードクラスの大学に入れるだけの授業料が準備できないからである。
そうした教育を受けられなかったら、子供は社会の底辺に行くしかない。
そんな不幸な目に遭わせるくらいなら生まない方が良いという理屈だという。
例えば投資銀行に勤める世帯収入4000万円の20~30代の夫婦が子づくりを断念するというケースが増えているのだという。
理由は、ハーバードクラスの大学に入れるだけの授業料が準備できないからである。
そうした教育を受けられなかったら、子供は社会の底辺に行くしかない。
そんな不幸な目に遭わせるくらいなら生まない方が良いという理屈だという。
組織内で問題行動をとる人は、自己愛が肥大化していて、自分が特別な人間であるという強い信念を抱いている。
嫉妬は自分よりも能力があるとか容姿が端麗であるとかという人に対して向けられる感情であるので、自分が他人よりも圧倒的に優れていると信じている人には、嫉妬として艦上自体が起きないのである。
しかし、このような自己愛が肥大化した人でも、現実には社会の中で生きている。
それだから、そういう人は社会との軋轢を起こしてしまう。
それだから、そういう人は社会との軋轢を起こしてしまう。
その場合、自分が社会を呑み込むか、社会に自分が呑み込まれるという究極の選択を迫られることになる。
後者の場合、社会との関係を遮断してしまうという選択になるので、家族やパートナー以外の他者には影響を及ぼさない。
これに対して、自分が社会を呑み込んでしまうことを試みる人は、他者との様々な軋轢を起こす。
その一つがストーカーである。
その一つがストーカーである。
無差別殺傷事件を起こした人達は、自らの動機について、明確に意識して犯罪を犯したわけではない。
動機になる事柄を対象化し、認識することができていたならば、無差別殺傷事件という形態で問題の解決を図ろうとはしなかったであろう。
この人達は動機について、「学生時代に受けたいじめを思い出し、いら立ちを晴らそうとした」「自分だけが不幸だと感じ、幸せそうな人を狙った」と言うが、ここには自己愛がねじれた形で表れている。
学生時代に受けたいじめで、愛する自分の名誉と尊厳が毀損されたので、それを誰かを殺すことで晴らすという動機には、極端な愛がある。
自分よ幸せそうな人を殺害することで、自分の幸せが回復されると考えるのも、嫉妬と自己愛が入り混じっている。
自分よ幸せそうな人を殺害することで、自分の幸せが回復されると考えるのも、嫉妬と自己愛が入り混じっている。
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