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2014年9月8日月曜日

日本の財政法では、建設国債は発行できるとされているが、赤字国債の発行は禁止されている。
そこで困った日本政府は、1965年度補正予算で初めて発行して以来、毎年1年限りの「特例公債法案」を制定し、大量の赤字国債を発行してきた。
さらに2012年度法案では、自民・公明・民主の3党合意により、1年間ではなく2015年度までの3年間の赤字国債の発行を認めてしまっている。
ねじれ国会の結果、毎年1年限りの法案を通過させるために、首相のクビを差し出してきたからである。
アベノミクスの本質は、景気対策ではなく、財政破たん回避対策である。
日銀が国債を引き受けまくっている間は、財政破たんを回避できているが、財政破たんが先に延びるほど、破たん時のダメージは大きくなる。
消費税増税による経済への悪影響を避けるという理由で、平成26年度予算の歳出規模は史上最大の96兆円だった。
平成27年度予算の概算要求額は、さらに過去最高を更新し、101兆円と肥大化している。
ビットコインの問題点の1つは、発行者が責任ある立場にはないので、通貨発行権を求めて、発行量の制御が効かないことである。
しかし、現在の日銀も、通貨発行において責任のある立場にいるにも関わらず、もはや発行量の抑制は効かなくなっている。
多くの報道では、「量的緩和が円安を導いた」と認識してアベノミクスを評価しているが、間違っている。
異次元の量的緩和を開始した2013年4月の段階で、ドル・円は95円だった。
ところが、この異次元の量的緩和を開始してから、マネタリーベースが2013年3か月末の135兆円から2014年3月末に209兆円と、74兆円も増えているのに、円安は10円弱しか進んでいない。
ちなみにドル・円が75円台の史上最高値をつけた2011年10月のマネタリーベースは116兆円だった。
<マネタリーベースとドル・円レート>
     マネタリーベース  ドル/円
     (12月平均残高)    基準レート(12月末)
1990年   43.5兆円      134.60円
2007年   90.8兆円      114.15円
2008年   92.4兆円       91.03円
2009年   97.2兆円       92.10円
2010年  104.0兆円       81.09円
2011年  118.0兆円       77.74円
このように量的緩和と円安とは関係がないのである。
日産自動車は、まだ日本名がついていたままの外資系企業である。
半分近い株を所有している筆頭株主はフランスのルノーであり、外国人株主比率は7割弱となっている。
2015年3月期の国内生産台数が100万台を割り込む見通しと発表している。
2014年3月期の海外生産台数は408万台なので、日本国内ではたったの20%しか製造していない。
円高の結果、日本の雇用減り、このような状況になっているのである。
インフレとは、食料や日用品などの物価が上がることであり、「フローのインフレ」とも言われる。
CPI(消費者物価指数)やGDPデフレーターが、これらの指標となる。
一方、株や不動産価格のような資産価格が上昇することを「資産インフレ」と言い、「フローのインフレ」と「資産インフレ」とは全く別物である。
資産価格の上昇こそが、景気回復の原動力となるのである。
バブル経済と言われた1980年代半ばでさえも、CPIの上昇率は3%を超えた事は殆どなく、バブル経済は「資産価格の上昇」によったもたらされた。
「景気がよくなるとインフレになる」が、「インフレになると景気が良くなる」とは必ずしも言えない。
2011年のイタリアのCPI(消費者物価指数)は2.8%、スペインは3.2%とインフレ経済にもかかわらず、両国とも失業率は高く、景気低迷で苦しんでいる。
つまり、「インフレとは景気回復のための十分条件であっても、必要条件ではない」のである。
現在、銀行間の「無担保O/Nコールレート」という、資金の1日の貸借金利は0.065%程度である。
これは、ある銀行が別の銀行に100億円を貸した時に入ってくる利息が、たったの1万8000円ということである。
つまり、100億円を日銀の当座預金から動かさなくても、1万8000円の儲け損しかないのである。
昔は各銀行の準備金必要額が決まっており、不要な当座預金残高を積ませないルールがあったが、量的緩和が始まってからは、当座預金を必要以上に置いても日銀から文句を言われなくなった。
その為、日銀の当座預金の残高が急増したのである。
日本は1997年に369兆円だった累積赤字を、16年間で3倍の1025兆円にまで増やす財政出動を続けて来たが、名目GDPは下がり続けて来た。
この間に、米国や英国は名目GDPを2.4倍に、中国は16倍に拡大させている。
平和の時代に量的緩和政策を取ったのは、日銀が世界で初めてである。
日銀は2013年3月末から2014年末までに長期国債の購入を100兆円買い増す事を約束している。
だから民間の金融機関が国債を売り越しても国債市場は値崩れせずに、財政破たんを免れている。
問題なのは、「国債を買い増す」という日銀の約束は2014年12月に達成されてしまい、現時点では来年2015年から日銀は国債の買い手から降りてしまうことである。
国債購入を増額するという行為は、問題が表面化するのを延命しているだけである。
日本の金融機関が、国債保有高を減らし始めている。
国内の銀行が保有する国際の残高は、2013年3月末に167兆円だったが、2014年2月には132兆円と、1年間で35兆円も減っている。
うち、大手銀行が31兆円減らしている。
ゆうちょ銀行も、国債保有額を2013年3月末の138.1兆円から、2013年12月末には131.6兆円と、6.5兆円も減らしている。
また大手銀行は、長期国債を短期国債に買換えしている。
保有国債の平均残存期間を7年超から3年を割るところまで短くしてきている。
異次元の量的緩和以降、日銀は毎月発行される10年物国債の7割以上を市場で購入している。
1992年にマーストリヒト条約で、ユーロへの参加条件が2つ決まった。
・単年度の政府の赤字額が対GDP比で3%以内
・累積赤字額は対GDP比の60%以内
米国の2015年会計年度の財政赤字がGDP比マイナス3.1%なので、この厳しい条件は、米国でもクリアできない。
ちなみに、日本もユーロに入る事はできない。
日本の名目GDP(2013年) 478兆円
累積赤字(2013年末) 1018兆円
単年度赤字額(2012年度決算) 51兆円
つまり、単年度の対GDP比の赤字額は10.7%、対GDP比の累積赤字額は213%となり、恥ずかしくて参加申請できないレベルである。
日本がユーロに加入するためには、まずは毎年の赤字額を14兆円に抑え込まねばならない。
日本政府は東日本大震災の復興のために、2011年度補正予算で11.6兆円の復興債を発行した。
税収での財源が入金されるまでのつなぎとして、2011年度から2015年度まで復興債を発行される。
財源は所得税で25年間の長期間かけて少しずつ返済財源にすることになっている。
法人税は前倒しで取りやめた。
当初は、所得税と法人税を10%ずつ5年間増税するという案で進められていた。
11.6兆円の復興債は、財源が回収されるまでのつなぎなので、その財源を国民に明治せねばならない。
これに対し、1025兆円の累積赤字は、財源を国民に明示する必要がなく、将来世代に返済を託す以外に何もない。
日本の会社や中央官庁の中には、言論の自由も沈黙の自由もない。
「言論の自由」の中で、スキャンダリズムが無視できない位置を占めている。
スキャンダリズムに関して、是か非かという議論がいつもあるが、いかなる時も「是」という立場は危険である。
それは、国民のスキャンダルを一番握っているのは国家だからである。
例えば、国税は国民一人ひとりの所得状況を把握しており、公安警察は一部の国民の秘密を握っている。
つまり、「公権力」が最も情報を持っていて、かつその情報を意図的に垂れ流すことができる。
公権力にとって都合の悪い、目障りな人間のスキャンダルはリークされ公開されて、結果、激しい批判や中傷にさらされるのである。
その一方で、権力側の人間のスキャンダルは永遠に秘匿されるのが現実なのである。
だから、国家や公権力が秘匿する情報をつかんで暴く調査報道は、現象においては警察や検察によるリークと同じスキャンダリズムであっても、ベクトルが全く違うのである。
稲盛和夫氏がやったJAL再生は、公的資金で援助して、法人税を免除して、減価償却を見直して、借金を全て棚上げにしただけなので、誰だってできた。
新自由主義に完全に逆行して、市場原理とは全く別の独自ルートで、国家独占主義そのものだった。
国家と結びつく独占資本を守るためにやったのである。
新自由主義の本質が何かを考えると、自由の主体が何かという問題に行き着く。
旧自由主義、オールドリベラリズムにおける自由の主体は個人であり企業であった。
その企業というのも基本的な発想は、小さな合資企業であり合名企業なのである。
だからこそ、その中で無限責任も負わねばならない。
それに対して、新自由主義における自由の主体は巨大企業となる。
つまり独占資本の自由であり、自己実現の主体というものは資本にしかない。
だから資本家には自己実現はあるが、労働者には自由も自己実現の可能性も基本的に無いのである。
自由主義を徹底的に詰めていくとアナーキズムになる。
民主主義者とか社会主義者というのは、いざ国家翼賛体制になったときには、民意に叶うとか、社会のためにとか言って、意外と体制に協力してしまう。
医学の歴史で非常に重要な事は、外科と内科が歴史的に全く違う世界だったという事である。
投薬などで体の内側から対処するのはヒポクラテス以来の医者の仕事だが、体の外側から外的な処置をするというのは、実は割礼師や理容師の仕事だった。
今でも理髪店の看板は、赤と青がクルクル回るサインポールだが、これは赤は動脈、青は静脈を表しており、中世ヨーロッパでは理容師が外科医を兼ねていた。
現在のように外科医のステータスが高くなったのは、戦争の規模が大きくなり、負傷者が増えたことで、外科技術が発達してからなのである。
よく勘違いされるのは、戦時における医療支援は人道的なものだから構わないというもの。
しかし、これは軍事的な発想からすると全然違う。
医療でケガを治す事で戦闘員として戦場に復帰できる可能性があるので、戦時の医療行為というのは戦闘行為そのものなのである。
『ナイチンゲール伝』を読むと、ナイチンゲールは非常に自己顕示欲と上昇志向が強い人で、彼女はイギリスの軍事作戦を遂行する役割をきっちりと担っていた事が分かる。

ナイティンゲール伝―他一篇 (岩波文庫)

医者は諜報活動の一端を担う事がある。
例えばモスクワに駐在する主要国の各大使館には、医務官が勤務しており、その医務官達は、プーチン大統領をはじめとするロシア要人の健康状態を判断するのも重要な任務となる。
また、国によっては生物兵器に詳しい軍医を大使館の医務官として派遣する場合もあり、医師にインテリジェンス活動をさせるという事を、大抵の国はやっている。
ちなみに、田中角栄が入院した時は、創価学会員の病院関係者を通じて、世間に漏れてしまった。
丸山眞男は、文藝春秋、新潮、講談社からは本を出していない。
この3つの出版社は、全部戦犯出版社であり、丸山は戦犯出版社からは本を出さなかったのである。
戦後、戦犯出版社は社長を替えさせられたりし、文春は一度潰れて文藝春秋新社になっている。
講談社も大日本雄辯會講談社から一度潰れている。
新潮も実は現在の新潮社ではなく、元は新潮出版だったわけで、別会社だった。
アメリカ軍が押収したヒトラーの蔵書がある。
『ヒトラーの秘密図書館 』では、その書き込みとか、実際に本を開いているかというのをチェックして、それがヒトラーの演説にどう影響したかという事を調べている。
ベンヤミンによると、人は持っている蔵書の10%くらいしか読んでいないそうで、蔵書家というのは、大体それぐらいしか読んでいない。
しかし、ヒトラーは、本を非常に読んでいる。
しかもアメリカやイギリスの本を、ドイツ語訳の翻訳書でよく読んでいた。
つまり、ヒトラーの人種思想や反ユダヤ主義のかなりの部分が、アメリカとイギリスから入ってきている事を実証的に証明している。

ヒトラーの秘密図書館 (文春文庫)

戦後のアメリカ軍の占領政策では『菊と刀』が原本だったが、沖縄に対する占領政策にもベースとなった本があった。
イエール大学の社会学者のグループが第二次世界大戦中の1944年に沖縄戦に備えてまとめたもので2つある。
1つは『民事ハンドブック(Civil affairs handbook)』で、沖縄の各島の地形から、資源、住民、売春事情、男女の関係、日本人に対する感覚、日本と沖縄の歴史の中で差別がどのようになっていたかという事を調査しており、『菊と刀』の1.5倍の分量があった。
もう1つは『琉球列島の沖縄人(The Okinawas of the Loo Choo islands : a Japanese minority group)』で、外国人が何人いるか、宗教がどうなっているか、詳細に調べられている。
そして、もっと露骨に、沖縄には構造化された徹底的な日本からの差別があり、これを活かして琉球人を味方につけて戦争を有利にするべきと書かれている。
ここは日本の南部の広域植民地で、17世紀からずっと植民政策が行われていて、その矛盾が一番集中しているので、この民衆は日本人から分断が可能と書かれている。
1944年に出版されており、占領政策はこれに基づいて進められ、分断政策は沖縄占領前からグランドデザインとして最初から描かれていた。
この2冊は、1995年と96年に刊行された『沖縄県史』の資料編の1巻と2巻、沖縄戦のところで、原文と翻訳が記載されている。