野蛮人の備忘録
書籍や雑誌を読んで、知り得た事を備忘録としてメモしています。
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2014年8月31日日曜日
欧州で流通している通貨「ユーロ」は、当初「ECU(エキュ)」
という名称が想定されていた。
ECUとは「欧州通貨単位」の頭文字で、これは単一通貨が導入さ
れる前の仮想の通貨単位でもあった。
ところが、かつてフランスに「エキュ」と呼ばれる通貨があったこ
とが判明し、特定の国の通貨の名前を使う訳にはいなかいとの声が
出て、現在の「ユーロ」という名称が採用された。
米国の2015年度(2014年10月から2015年9月)の戦
費を除く国防予算案は4956億ドル(51兆円)となり、前年度
より微減となった。
米陸軍は兵力を15%減らし、52万人体制から45万人体制とな
る。
中国が発表した2014年の国防予算(中央政府部分)は4年連続
で2ケタの伸びとなり、8082億元(13兆4400億円)と、
米国に次ぐ世界2位の国防予算となっている。
しかし、人民解放軍関係者の常識では、公表額の数倍の軍事費があ
ると言われている。
イスラエルの建国は、1948年5月14日だった。
国際連合でパレスチナをアラブ人とユダヤ人の国家に分ける決議が
採択され、ユダヤ人側の国がイスラエルとなった。
イスラエルとは、「神の戦士」という意味で、かつてこの地にあっ
た国王の名を復活させた。
イスラエルが建国を宣言した翌日に、周辺のアラブ諸国で構成する
アラブ連合軍(エジプト、シリア、ヨルダン、レバノン、イラクの
5カ国)がイスラエルに侵攻し、第一次中東戦争へ発展した。
パレスチナ難民の定義は、「1946年6月1日から1948年5
月15日までの間、パレスチナに住んでいて家と生計を失った者と
その子孫」とされている。
つまり、イスラエルの建国に際して起きた第一次中東戦争の時に、
家を失い逃げて来た人とその子孫ということになる。
バレスチナ難民が生まれてから、60年以上経っているのである。
バレスチナ難民が発生した当初は、100万人くらいだった。
世界の難民は2千数百万人とされている。
この数字の多くは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が管
轄している難民を指している。
ところが、パレスチナ難民500万人に関しては、国連バレスチナ
難民救済事業機関(UNRWA)と呼ばれる別の国連組織が担当し
ている。
UNHCRよりも先にUNRWAは1949年の国連決議で設立さ
れ、1950年から活動を開始しており、現在の職員は3万人。
UNRWAは教育に力を入れているので、教員職員が多い。
2014年8月30日土曜日
核兵器には「戦略核兵器」と「戦術核兵器」という概念がある。
「戦略核兵器」が敵対する国を壊滅させるだけの能力を持つのに対
して、「戦術核兵器」は戦場で敵対する部隊を壊滅させる力を備え
た核兵器という意味である。
1948年に西ベルリンがソ連に封鎖された当時、西ベルリンには
225万人の市民がいた。
そこで米軍は、市民に食糧や物資を送り届ける「空の架け橋作戦」
を実行した。
西ベルリンには2つの空港があったが、さらに臨時空港を建設し、
ドイツ側の3つの空港から輸送機を飛ばし続け、最盛期には輸送機
が1分おきに離陸した。
閉鎖が解除された1949年5月までに、飛行回数は延べ27万7
000回に上ったという記録されている。
その後、ベルリンの壁が完成する1961年までに、東ドイツから
358万人が西側に逃亡した。
原爆製造のきっかけは、第二次大戦中にドイツの科学者が発表した
ウランの技術開発論文だった。
この論文を基にして、米国が1942年10月に全米から1万人の
物理学者と数学者を集め、総力を挙げてウランの核分裂を利用した
爆弾の開発「マンハッタン計画」に取り組んだ事だった。
米国は3年で原爆の実用化に成功し、ウラン濃縮によって製造でき
るウラン型原子爆弾と、ウランを原子炉で燃やすことによって出て
くるプルトニウムを精製して製造できるプロトニウム型原子爆弾の
2種類を開発した。
そして、1945年8月にウラン型原爆を広島に、プルトニウム型
原爆を長崎に投下した。
ところが、マンハッタン計画で集められた科学者の中に、ソ連のス
パイが紛れ込んでいた。
計画には英国の科学者も派遣されており、その中に社会主義を支持
する研究者が、米国での原爆開発情報をソ連に伝えたとされている
。
これにより、第二次大戦後に、東西冷戦を背景に原爆開発が両陣営
で加速することとなった。
米国には外交専門誌『Foreign Affairs(フォーリン・アフェアーズ)』がある。
米国のシンクタンク「外交問題評議会」が発行している歴史の長い専門誌である。
米国が外交政策を大きく変えようとしている時には、この専門誌に提案論文が掲載される。
米政府は、その論文に対する世論の反響をみて、外交判断の参考にしているという。
『Foreign Affairs(フォーリン・アフェアーズ)』
世界史の教科書にも出てくる20世紀を代表する「ヤルタ会談」の写真。
実は、一番右に着席しているスターリンの椅子は、座るとじっいよりも少し背が高く見える工夫が施されていた。
側近らが、長身のルーズベルトの横ではスターリンが小さく見えてしまう事を心配したのである。
日本も戦前に、原爆の研究開発をしていた。
陸軍は1940年に東京帝国大学に検討を依頼し、教授名の頭文字
をとってコードネーム「二号研究」と呼ぶ開発をスタートさせた。
海軍は1941年に京都帝国大学に研究を依頼し、「分裂」という
意味の「Fission」の頭文字をとったコードネーム「F研究
」をスタートさせた。
2つの研究とも成果を見ることなく敗戦を迎えた。
1954年に日本の国家予算に初めて原子力研究予算が計上された
。
予算額は2億3500万円だった。
この予算数字の根拠は、「ウラン235にちなんで」というウソみ
たいな予算要求の結果だった。
日米安全保障条約に基づいて、日米地位協定が結ばれている。
これには米軍への基地提供について定めているほか、米兵への特権
、税金の免除、裁判の方法などについても規定されている。
米国は基地を置く各国との間で、地位協定を締結している。
例えば、米軍兵士が輸送機で日本にある基地を通じて入国する場合
、パスポートは不要で、入国審査もない。
訓練中に車両事故などで沖縄住民が死亡しても日本の警察は捜査で
きず、裁判権も米軍が持つ。
現行犯だけは沖縄県警が逮捕できるが、基地に逃げ込んでしまった
場合には県警は手が出せなくなる。
重要参考人として事情聴取する場合には、米軍側の弁護士が付き添
い、取り調べが終わると基地に戻ってしまう。
容疑が固まり起訴された段階で、身柄を日本側に引き渡すという運
用がされている。
沖縄に配備されているオスプレイには、海兵隊向けMV-22と空
軍向けCV-22がある。
1945年4月1日から6月23日にかけて大規模な地上戦が行わ
れた沖縄戦では、米軍は1500隻もの艦船と、兵士54万800
0人を投入した。
上陸した米兵は18万3000人で、待ち受けた日本側は11万6
000人。
日本側には沖縄の民間人も動員させられた。
田中角栄が通産大臣の1972年に出版した『日本列島改造論』は、田中が官僚や記者らを執筆陣にして、自分が首相になったら日本列島をこんなふうにしたいとビジョンを語ってまとめさせたものである。
政策として評価は分かれるが、半年で80万部売れるベストセラーとなった。
「そんなに売れているのか。じゃあ俺も読んでみようかな」と言ったのは田中自身だったという逸話が残っている。
『日本列島改造論 (1972年)』
戦後、生き延びた日本人が海外から600万人戻ってきた。
食糧も物資も無い状態で、人口が急増した為、凄まじいインフレー
ションが起こった。
さらに、日本軍が解体され元兵士700万人に退職金が支払われ、
需要が急拡大した。
そこで、政府はインフレ対策として1946年2月に「預金封鎖」
を実施した。
国民の需要を減らすために、銀行から預金を引き出せないようにし
て現金の流れを止めた。
同時に「新円」に切りかえた。
国民が持っている現金を全て銀行に預金させ、そのうえで新札の新
円だけが使えるようにした。
インフレになるとモノの値段が急上昇する前に、現金をモノに代え
ようと、銀行から預金を全て下ろしてしまい、金融システムが崩壊
する。
国民の犠牲のうえで、金融システムを守り、日本経済はその後の成
長の基礎を築いたのである。
日中戦争、太平洋戦争を合わせると、日本人の犠牲者・行方不明者
は270万人と推定されている。
うち兵隊の数は174万人で、残りの100万人は空襲等で亡くな
った民間人である。
尚、兵士の大半は東南アジアの戦地で、病死と餓死で命を落として
いる。
読書は、他人にものを考えてもらうことである。
本を読む我々は、他人の考えた過程ほ反復的にたどるにすぎない。
習字の練習をする生徒が、先生の鉛筆書きの線をペンでたどるよう
なものである。
だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。
自分で思索する仕事をやめて読書に移る時、ほっとした気持ちにな
るのも、そのためである。
だが読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場に
すぎない。
By ショーペンハウエル 『読書について 他二篇』 (岩波文庫)
古代ギリシャでは、自由人と奴隷という形で、はっきりと身分が分
かれていた。
そのうち自由人達が教養として身に付けていたのが、リベラルアー
ツの発祥となる。
つまり、リベラルアーツとは「人を自由にする学問」といえる。
その後、ローマ時代には、リベラルアーツは7科目に整理され、自
由7科目という。
文法、修辞学、論理学、算術、幾何、天文学、音楽である。
このリベラルアーツは、中世ヨーロッパでも受け継がれ、現在も欧
米の大学にその伝統が受け継がれている。
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