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2014年8月14日木曜日

近代経済学には貨幣論はない。
強いて言えば貨幣はありてあるものという神様のような位置づけになっている。

マルクス経済学の貨幣論は優れている。
『資本論』の第一巻でマルクスは「貨幣数量説は通用しない」と言っている。

貨幣数量説に基づくと、貨幣の供給量を増やせば物価が上がることになる。
だからインフレターゲット論者は、インフレを起こせると貨幣数量説で考える。

マルクスの時代の議論でも、貨幣数量説は通用しないとなったのは、要するに貨幣があれば何でも買える。
商品があっても貨幣が手に入るという保証はない。
例えば、いくら本を刷っても売れない時はあるが、カネがあれば商品を買うことができる。

だから貨幣が、物神性を持ってしまい、守銭奴という現象が出てくる。
来年2%物価が上がるという合理的計算からすれば、今すぐカネを使ってくれればよいのだが、「来年物価が上がるんだったら、生活が厳しくなるかもしれないから、とりあえず何でも買えるカネを握っておこう」と思う人達が出てくる。
そうなるとお金は使われずにしまい込まれて、塩漬けにしておく奴が出てくる。

マルクスは、そこに目をつけて貨幣数量説は成立しないと結論づけた。

貨幣そのものがフィクションであり、人間と人間の関係が貨幣に物象化しているのである。

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