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2014年5月31日土曜日

高校中退者の就職は極めて難しい。
文科省によると、高校中退者は毎年6万人に上り、その多くが親に依存しながらフリーターか、引きこもりになっていく。

就職率は、大学卒業者が63.9%、高校卒業者が16.7%、中学卒業者は0.4%。
住民票を残したまま行方不明となり、居場所が分からない子供は、「居所不明児童生徒」と呼ばれる。

2013年3月に文科省が発表した「居所不明児童生徒に関する教育委員会の対応などの実態調査」によると、2012年5月1日現在で、1年以上居所不明である児童生徒数は976人に上る。

父親から母親へのドメスティック・バイオレンスから逃避、児童虐待からの逃避、貧困による債務逃れ、が主な理由となっている。
2011年度に就学援助制度の支給対象となった小中学生は、全国で156万7831人。
調査を開始した1995年度から16年連続で増加している。

対象は生活保護を受ける「要保護世帯」と、生活保護世帯に近い状態にあると市町村が認定した「準要保護世帯」。

支給対象となった小中学生の全児童・生徒に占める割合は16%で、子どもの6人に1人が経済的な理由で、自治体から補助を受けざるを得ない家庭環境にある。

この16%という数字は、子どもの相対的貧困率(2009年は15.7%)と一致する。
田中角栄は、少なくとも課長以上の官僚の生年月日、結婚記念日、子供の誕生日・入学式の日を、全て記憶していた。

こうして、カレンダーに印をつけた日が来ると、必ず贈り物をしていた。

官僚が辞職したり、天下りしたら、その天下り先のポストも掌握し、贈り物を届け続けた。

角栄は自ら、後継者の竹下登にも、この「心得」を伝授した。
竹下は、角栄が頭の中に記録していた全データを、巻紙に書き写したという。
岸信介は、公職追放が解けて政界復帰する際に、親友だった社会党の三輪寿壮に誘われて、社会党に入党しようとした。

結果的には、社会党本部から「党のイメージが悪くなるから」と断られるが、このように右派でありながら、社会党に入党しようとする多様な顔を持つ岸は、揶揄して「両岸」「八方岸」と呼ばれていた。
〇1951年日米安保条約の要点

1.米軍の駐留を認める(1条)
2.駐留軍の出動(1条)
 次の場合に駐留軍は出動できる。但し義務は負わず。
 ①極東の平和と安全の維持
 ②内乱・騒擾の鎮圧を日本政府が要請した場合
 ③日本への外部からの武力攻撃
3.日本の基地提供義務
 ・米軍に与えられる特権
 ・日本の防衛分担金などの規程
4.条約の期限明示せず
 ・基地を作る場合、相談しなくてもよい
 ・日本防衛の義務なし
 ・期限は無期限

〇1960年日米安保条約の要点

1.「日本国の安全」と「極東における国際平和及び安全」のため、米軍の駐留を認める(6条)
2.米の日本防衛義務を明示(5条)
 ・内乱鎮圧は削除
3.日本の防衛力増強を義務付ける(3条)
4.基地提供義務(6条地位協定)
 ・基地を作る場合、相談する
 ・日本防衛の義務あり
 ・期限は10年間
戦後、公職追放になった自由党総裁の鳩山一郎から請われ、その後を継いで首相の座に就くにあたり、吉田は鳩山に次の条件を提示した。

1.資金作りはやらない
2.閣僚の選考に口出し無用
3.辞めたくなったら、いつでも辞める

これらの条件については、吉田自身の追想録にも明記されており、同様に鳩山も自身の回想録に露行されている。

しかし、鳩山の回想録には、吉田の追想録にはひと言も書かれていない、もう一つの条件があった。

4,GHQの追放が解けたら、首相の座を鳩山一郎に返す

この事が、吉田と鳩山の確執を生み、鳩山一族との激しい抗争が繰り広げられた後、結果的に吉田は首相辞任に追い込まれた。