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2015年5月16日土曜日

エリツィンはKGBと戦争をして、2度KGBに殺されかけている。
その後、エリツィンは権力を握ったあと、KGBを潰すつもりだった。
側近グループはインテリジェンス体制が完全に崩壊するのを避けるために、KGBを対外諜報庁と連邦保安省に分割するが、エリツィンの怒りの他さきは国内担当の保安省に向かい、防諜庁、連邦保安庁(FSB)などと、何度も名称が変わり、職員は1ヶ月に1回人事異動があり、2ヶ月に1回機構改革があった。
エリツィンの在任8年間ずっとそれが続いたが、プーチンが連邦保安庁の長官になって初めて、無意味な人事異動を止めさせた。

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