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2017年3月7日火曜日

<イスラム教とカリフ制>
ムハンマド(~632年)
初代カルフ(632~634年) アブー・バルク
第2代カリフ(634~644年) ウマル
第3代カリフ(644~656年) ウスマーン
第4代カリフ(656~661年) アリー
ムハンマドは後継者指名をしなかったため、第4代カリフのアリーが暗殺されると、その後継を巡って宗派が分立した。
<スンナ派>
スンナ派はムハンマドが伝えた慣習「スンナ」に従う者を意味する。
アブー・バルク以後、合議で選ばれた代々のカリフを正統だと考える。
世界の9割を占めるイスラム教徒の多数派で、「イスラム国」もこの流れをくむ。
<シーア派>
初代から3代のカリフを認めず、ムハンマドの娘であるファーティマの夫になったアリーとその子孫こそカリフと考える。
全イスラム教徒の1割の少数派だが、イランでは国教となっている。
北方領土問題をめぐる日露間の過去の合意は次のようになっている。
まず、1956年10月の日ソ共同宣言で、ソ連は平和条約締結後に歯舞群島と色丹党の日本への引き渡しを約束している。
日ソ共同宣言は両国議会が批准した法的拘束力を持つ国際約束である。
次に、1993年10月の東京宣言で、日露両国は択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の帰属の問題を解決して平和条約を締結することに合意している。
さらに2001年3月のイルクーツク声明で、プーチン大統領が日ソ共同宣言と東京線古言を明示的に再確認している。
東京宣言とイルクーツク声明は、法的拘束力を持っていないが重要な政治的合意である。
北方四島のデータ
択捉島 面積3168K㎡(沖縄本島の2.6倍)、人口6000人
国後島 面積1499K㎡(沖縄本島より大きい)、人口7000人
色丹島 面積253K㎡(徳之島とほぼ同じ)、人口2800人
歯舞群島
2016年4月3日に、ドイツのミュンヘンに本社を置く「南ドイツ新聞」と米国ワシントンに本部があるICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)が、パナマ文書に関する報道を行った。
パナマ文書とは、オフショア金融センターをはじめとするタックスヘイブンでの企業の設立支援を得意とする中米パナマのモサック・フォンセカ法律事務所が保有する秘密文書のことである。
この法律事務所が1970年代から2016年春までに作成した1150万件の秘密文書が匿名の情報源が「南ドイツ新聞」とICIJに提供されたという。
各国の政治家がタックスヘイブンーの資産隠しをしている事が判明したが、ロシアではプーチン大統領の親友で音楽家のセルゲイ・ロルドゥギン氏の名前がパナマ文書に掲載されていた。
プーチン大統領は、タックスヘイブンを利用して親友の音楽家が20億ドルを取引していたとされる疑惑に対して、「友人はロシアのために楽器を買っていただけ」と弁明した。
これに対して、ロシアの独立系メディアは、この弁明の信ぴょう性を検証し、「単純計算で20億ドルあれば、平均的なピアノ5万台、バイオリン13万丁、チェロ148万丁、フルート139万管、ビオラ44万丁を全部購入し、お釣りでバイオリンの名器であるストラディバリウスも2丁帰る」と報じた。
また、有力経済紙ベドモスチは「2015年に輸入された楽器は総額5000万ドル弱」という統計を伝え、疑惑の20億ドルの40分の1しか楽器は輸入れさていないと、報道している。
英国のEU離脱問題は、スコットランド独立問題とも密接な関係を有している。
スコットランドでは、英国から独立を主張するスコットランド国民党が、英国下院選挙でスコットランドに割り当てられた59議席中、56議席を占めていることから、英国からの独立の是非を問う住民投票が行われた場合、スコットランド独立支持が過半数を占める可能性が高い。
独立を宣言したスコットランド共和国は、EUへの加盟を申請する可能性が高い。
なぜならば、スコットランドが独立する場合、独自通貨を発行しても国際的な信用を得られないが、英ポンドを継続使用する事も政治的に難しいので、EUに加盟してユーロを使用するというシナリオを選択する可能性が高い。
EUへの新規加盟は、加盟国の各国が拒否権を持っているため、加盟国の1ヵ国でも反対すれば実現しない。
英国がEUに残留していれば、スコットランドの加盟申請に対して拒否権を発動できるが、英国がEUを離脱してしまえば、スコットランドのEU加盟を阻止する手段を持てなくなってしまう。
1941年12月8日、日本海軍はハワイ州の真珠湾を攻撃し、日米戦争が勃発した。
12月12日の閣議決定で、この戦争の名称は「大東亜戦争」と定められた。
日本の宣戦布告は当初、米国と英国の2ヵ国に対して行われたが、支那事変、さらに情勢の推移によっておこる戦争(例えば対オランダ戦争)も大東亜戦争に含まれるとされた。
敗戦後、GHQは大東亜戦争という言葉を公文書で用いないように指令した結果、太平洋戦争という言葉が用いられるようになった。
ただし、大東亜戦争を太平洋戦争に名称変更するという羅本政府の決定はなされていない。
つまり、あの戦争の名称を大東亜戦争と定めた閣議決定は取り消されていないのである。

2017年2月26日日曜日

明治政府の中にも、平安時代における摂関家、鎌倉幕府の執権にあたるものが存在し、それは元老(元勲)だった。
元老とは明治維新に功績があったとされる9人の男性で、伊藤博文、黒田清隆、山縣有朋などが含まれていた。
元老は天皇に総理大臣を推薦する権利を持ち、天皇はその決定を承認するだけだった。
元老は終身であり、その地位や職務については、何の法的な根拠はなかった。
明治憲法を含むいかなる法にも元老の規定はなく、非公式のポジションであり、明治政府公認の組織図の中にも存在しない。
問題は、明治維新は一度だけの歴史的な出来事だったので、元老の後任はなく、摂関家や執権とは異なり、元老には後継者がいなかった。
従って元老は死没する度に少なくなっていき、「最後の元老」と呼ばれた西園寺公望が1940年に92歳で亡くなってしまう。
その時代は太平洋戦争の混乱期に入る頃となり、とりあえず「軍部」が元老の代わりを担うが不十分なものであった。