1923年のドイツでは、1月にパン1個が250マルクだったのに、12月には3990億マルクに値上がりした。
これは、1月に初乗り700円のタクシー代が、12月には1兆1000億円になったという事である。
ハイパーインフレ時のドイツでは、喫茶店で1杯6000マルクだった珈琲が、飲み終わったら8000マルクになったという記録もある。
ハイパーインフレを抑えるためには、緩やかな手段はなく、日本でも1927年(昭和2年)と1946年(昭和21年)には、預金封鎖と新券発行という暴力的な方法が最終的に選択された。
1946年は戦後だったが、まだ明治憲法下で実施された。
昭和憲法では第29条で私有財産権が守られているので、このような暴力的な方法が行えるのか疑問だが、憲法解釈の範疇でしかないかもしれない。
0 件のコメント:
コメントを投稿