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2016年3月7日月曜日

パソナが株式公開した後、南部代表はよほど気に入らなかったのか、グループの再編を繰り返した。
まず、新生パソナの事業ほ分割し、他のグループと合体させた。
雇用や派遣事業の一部を新たに設立したグループ企業「パソナハートフル」へ移した。
続いて2004年9月に、新卒と第二新卒までの若い社会人を対象に特化した派遣会社「パソナオン」にも新生パソナの事業の一部を分割した。
さらに2008年12月には、特許調査や地方自治体の研究事業を手掛ける「雇用創出機構」へも事業譲渡した。
一方、2006年2月に「ソシオ」、2008年12月に「ファイナンシャルサン」といった同業他社を買収し、新生パソナを合併する会社の受け皿にした。
このような面倒な会社の分割や合併を繰り返した意図は、理かいしづらいが、外部から会社の何立ちを見えにくいように組み替えたように思える。
そして、中山代表がグループの中核に据えた新生パソナは、最終的に会社そのものを消滅させ、代わって20010年3月にパソナの本体に鞍替えしたのが「パソナキャリア」だった。
この会社はもともと人材派遣業ではなく、もっばら転職や再就職のコンサルタント業として1988年4月に設立された単なるグループ子会社だった。
そして2007年12月に、パソナグループという持株会社を設立し、関連企業47社の頂点にした。
パソナグループ47社は、42社の連結子会社と株式を20%以上保有する5社の持ち分法適用会社から構成される。
南部代表の個人資産会社の「南部エンタープライズ」と投資コンサルタント会社の「サウスルーム」はグルーブに含まれておらず、この2社を使って有名人を招いたパーティの運営や多額の交際費を捻出している。

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