余り知られていないが、日本の降伏はアメリカ政府の当初の予定(1946年11月を想定)より早かった。
そのため、日本政府を通じて日本本土を統治する「間接統治」以外は決まっていなかった。
1945年10月2日に憲法改正などに辣腕をフルっと民生局を含む特別参謀部が設置され、連合国最高司令官総司令部(GHQ)が発足する。
10月4日に、治安維持法など思想・言論の十を弾圧する法律の廃止、政治犯の釈放を求める「人権指令」が出され、日本政治に初めてメスが入った。
しかし、連合国軍の全土進駐が完了するのは12月で、GHQ自身まだ組織・人員ともに準備段階にあった。
GHQが改革に乗り出すのは1946年に入ってからとなった。
GHQが改革に乗り出すのは1946年に入ってからとなった。
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